こんにちは、西本理恵です。
先日、私は認知症介護の体験談をエッセイにまとめ、note創作大賞2026に応募することにしました。母との10年以上にわたる介護の日々の中で、ある夜に起きた小さな出来事を書いたものです。
「介護」と聞くと、重くて、苦しくて、我慢するもの——そんなイメージを持つ方が多いと思います。でも私は、少し違う景色を見てきました。私自身が介護されていてもう麻痺してるのかもしれませんが、振り返ってみると、オモシロ介護だったことばかり。だからこそ、今日はこの体験談についてお伝えしたいと思うのです。

認知症介護の体験談を、note創作大賞2026に応募した理由
なぜ今、認知症介護の体験談を文章にしたのか
タイトルは「母を『ミドリさん』と呼んだ夜——要介護5の娘が辿り着いた、本当の親離れ」。認知症になった母と、電動車椅子ユーザーである私が、広島の実家で過ごしてきた日々を綴ったエッセイです。
介護される側から介護する側へ——立場が入れ替わっていく中で、私は何度も「これは一体、誰のための時間なのだろう」と考えてきました。その答えの一つが、あの夜にあったのです。
創作大賞2026に応募した経緯
ずっと「いつか書きたい」と思っていた話でした。でも、介護の日々の中では、振り返って言葉にする余裕なんてなかなか持てないものですね。😊今回、創作大賞という節目があったからこそ、腰を据えて向き合うことにしました。(これまで読む専門)
介護をしたことがある方、今まさに介護のただ中にいる方——そんな方にこそ読んでいただきたくて、この場を借りて応募のご報告をすることにしました。
「ミドリさん」と呼んだ夜——認知症介護の体験談で伝えたかったこと
母を名前で呼んだ、あの夜のこと
母が呼びかけても応答しない夜がありました。ヘルパーさんの到着を待つ前に、母を起こしてお手洗いを済ませてもらう。これは毎日のルーティン。
それまでも声をかけて起こそうとしても起きなかったことは何度もありました。でも、その日は違ったのです。呼吸をしてる感じもしない、返事もしない、目を覚ましてくれない。
私は無意識に母へ「ミドリさん」と名前で呼びかけていたのです。自分でも驚きました。「お母さん」ではなく、一人の女性の名前で。
その瞬間、私の中で何かが変わりました。介護される側とする側という役割、親と子という関係——そういう枠組みを一度脇に置いて、目の前にいるのは長い人生を生きてきた「ミドリさん」という一人の人だと気づいたのです。
認知症介護は、役割を超えた人と人の触れ合いだと思うのです
私は、介護というものを「義務」や「我慢」だと捉えていません。何かのご縁があって、たまたま今、家族という形で誰かの手が必要になった——それだけのことだと思うのです。娘だから、親だから、という役割を超えて、そこにあるのは魂と魂の触れ合いなのですね。
そしてそれは、どちらかが先にいなくなった後にも、ずっと残っていくものだと思っています。介護の記憶というのは、辛かったことよりも、名前を呼んだ夜のような、ふとした小さな瞬間として心に残るものなんですよね。
📝 この記事を書いた人
西本 理恵(にしもと りえ)
ウェルビーイングPRプロデューサー/株式会社エルギ代表/ファミリーケアナビ主宰
- 要介護5・関節リウマチ・電動車椅子ユーザー歴 20年以上
- 認知症の母のダブル介護 10年以上
- 介護当事者・情報発信歴 24年以上
- 築100年の古民家を遠隔でバリアフリーリフォーム
「要介護5の私でもできた。あなたにもきっとできる」
要介護5の私が認知症介護の体験談を書き続ける理由
ダブル介護10年で気づいた、尊厳を守るということ
私自身、関節リウマチによる電動車椅子ユーザーとして20年以上、そして認知症の母を10年以上遠隔でも介護してきました。介護される側の気持ちも、する側の気持ちも、両方を知っているからこそ言えることがあります。それは、どちらの立場であっても、尊厳を保てる関係こそが一番大切だということです。
母を「ミドリさん」と呼んだあの夜は、私にとって母の尊厳を、そして自分自身の心の在り方を、同時に守れた瞬間だったと思うのです。
株式会社エルギ代表として、これからも発信を続けます
私は今、ファミリーケアナビ主宰として、遠隔介護のマネジメント方法を発信しています。築100年の古民家をバリアフリーにリフォームしたときも、今回のエッセイを書いたときも、根っこにある想いは同じです。「要介護5の私でもできた。あなたにもきっとできる」——それを、これからも伝え続けたいのです。
認知症の家族と向き合う時間について、厚生労働省でも認知症施策として本人主体の関わり方の重要性が示されています(厚生労働省・認知症施策)。制度としての支えと同時に、一人ひとりの家族の中にある小さな触れ合いも、同じくらい大切にしていきたいと思っています。
認知症介護の体験談を読んでほしい方へ
もし今、介護の日々の中で「これは誰のための時間なのだろう」と感じることがあれば——あなたの中にも、いつか「名前を呼ぶ夜」が訪れるかもしれません。それは決して重いことばかりではなく、役割を超えて誰かと触れ合える、かけがえのない時間だと私は思うのです。
今回の認知症介護の体験談は、noteのエッセイ「母を『ミドリさん』と呼んだ夜——要介護5の娘が辿り着いた、本当の親離れ」として公開しています。創作大賞2026への応募作品ですので、よろしければ読んでいただき、共感していただけたら「スキ」を押して応援していただけると嬉しいです。
これまでの認知症介護の体験談は、こちらの記事にも綴っています。あわせて読んでみてください。
まず一つだけ、今日読んでみてください。人生を自分で開いていく——その一歩は、小さくていいんです。