モノもーす 介護 日記

「すみませんでした。」では、次はない!

近所に建築中の家がある。数ヶ月前に施主様が挨拶にいらしたが、私は骨折でベッドにいたのでヘルパーの方が対応。母もベッドの上にいて直接話してはいなかった

その後、今度は工務店と設計の人が2人してご挨拶にこられた。理由はその家を建設するにあたり、うちの貸地と家の敷地を通してもらえないかと言うお願いのだめだ。
しかし、その土地は既に駐車場として貸倉庫の借り主に貸し、また私達の介護ヘルパーさん用の駐車場となっている。

他人様に貸している土地をオーナーであると言う理由だけで「はいどうぞどうぞ、通っていいですよ」とは言えない。
すでに賃貸契約が成立しているから、その土地は借りている人のもの。

そもそも、電柱があって軽自動車が通るのがやっとの幅2メートル道に家を建築するプランを立てた時から本当に家が「建設できる」と思っていたのか・・・建設予定地につながる道路は3つあり、そのうちの一つが私有地を横切ればラクラクで資材搬入できる。それがうちの貸地と敷地だった。
工期を長くしない建設費用抑制のため、他人様の敷地を大きなトラックやクレーンを通り抜けすればそれだけ工務店は利潤を得て、施主も安く家を建てることができる。

お願いすれば通してくれるだろう…きっと他人の温情をあてにしてスタートしたと思われる。

恥ずかしい話だが、うちの家は代々細かいことに頓着せずお人好し、だらしない田舎者と思われていると以前親戚から聞いたことがある。これまで建築工事の際は何とかならないかとお願いされたときは引き受けてきていたと思う。ご近所さん同士、お互い様だから。

私が帰郷してすぐ、行政・下水道工事のためイチジク畑をキャタピラーやトラックで入って良いか、役所から打診された。自分たちも利用する下水道なのでオッケーしたはいいが、数か月の工事終了後、大地が固まる被害や境界目印も変わるという散々なめにあった。すぐには被害がわからなかったが、大雨になると今でも水がたまりハケない。後の祭り。
そんなことや、母も私も簡単に外出できない要介護者ゆえ 通り抜け土地使用前と使用後を確認できないこともあってこのたびは一度は断ったのだ。

家を建てる方法もいろんな方法があり、それを考えられたらいいことですから。

意地悪だなぁとほんのちょっぴり思った。

先方は、やはりどうしても「棟上げの日、1日だけでいいので許可をいただきたい」と言ってきた。そこへ偶然、貸し倉庫の社長が通りかかったので、今こういうお願いをされているがと経緯を話して聞いてみた。

通り抜けのその日、クレーンが帰るときには警備をつけること、絶対に駐車場の車を傷つけたりしないことを条件に、棟上げの日だけOKと話がまとまった。

私も少し気が軽くなった。亡き父だったらどうしただろうと考えていたからだ。

後日、ヘルパーの人と買い物に出かけた帰りに、トントンと棟上げの音と高いクレーン車が見えたので、通り抜けを許可したところへ行ってみた。
すると、駐車場に隣接するわが家のガザニアの花も踏みつぶされ、道路との境界に置いてあった枕木もトラックのタイヤで動かされているではないか!
やはりこうなるのか。。。

私は工務店担当者に、実際にクレーンを運転して入ってくる人は、どこからどこが通ってよいかわからないんだから、必ず現場で監督誘導してほしいとお願いしていたのだ。了解済みでちゃんとすると約束したはず。やはり、ね、と言う現実であった。

棟上げという良き日にクレームするのもなんだが、原状回復の話をしに行くしかなかった。その家の施主の男性らしき方に、簡単な状況説明したが、反応なく最後にぼそっと「すみません」。すっとんできた工務店の若者と設計者も同じで、まぁここは謝っとけばいいだろうと言うような「すみません」の繰り返し。

ごめんなさい、すみません、申し訳ない…「すみませんでした。」で良いが、態度も気持ちも伴なっていない。この場合に使うのは、「申し訳わけありませんでした」だろ!と内心ツッコミたくなったがそれは置いといて…
やはりどこか信用していた自分が裏切られたようで悔しかったのだと思う。

いや、ちゃんと念を押す事前策もしたし、過去の失敗から学習したと思っていた事が昨年のアパート工事同様、工務店の「いい加減さ」を目の当たりするという自分の学習能力の無さに自身で呆れたんだと思う。

通り抜けの許可云々の箇所は、5年‐10年以内には都市計画道路整備で土地収用されるため、うちからの許可も要らなくなる。2メートルの公道、2トントラックも入るのがギリギリのところでも、20年、30年先を見据えれば、今は不便な土地でも状況は変わる。安く購入し家を建てる施主は賢明な資産投資をしたと思う。

しかし、監督不行き届きで甘いところがあった工務店担当者と設計者、現場監督のせいで、この新しい家の持ち主は「次はもう通り抜け許可はできません」と言われてしまった。言っちゃったんですが。(*_*;

踏み潰されたカザニアは強靱で枯れないので大丈夫だろう。重い枕木を元の位置、境界線まで戻してほしいと伝えておいた。その日の夕方、工務店の二人が謝罪と枕木を元通りにしたので確認して欲しいと来訪。

私はベッドにいて、これから介護という忙しい時だったので対応できなかった。

確認してほしい・・・こういう簡単そうなことができない。それが一番気が重くなることなのだ。

私や家族、母が現場に行ったり、いろんな対応能力もあって元気な体だったら違う対応になったと思う。しかし、介護を受ける母娘は今の自分のことさえ満足にできないのだから、今後はできそうにない約束事はやはりもうできないなぁと思った出来事だった。

紫式部の実。

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